Myブームはナカノヒトヨ
僕の快感原則を満たしてくれるモノはいつだってHAPPYだ。
自分という人間が無意識にしがみついている「快感原則」を、より補強してくれるような言葉に出会ったとき、この上ない喜びと安心感を得る。それは、誰かと、あるいは何かと繋がっているにちがいない!という人類にだけ許された(課された)喜び。なのかもしれないぞ!
たとえば本当にヤバいもの・エモいものは、突き詰めるほどスピってくから危険だ。真理に近づけば近づくほど、現実や社会からは遠ざかる。しかしそのドアをノックせずして、本質を掴むアートやイノベーションは生み出せないのもまた事実だ。
— なかのひとよ|Evolution (@Hitoyo_Nakano) 2014, 12月 7
ヒトの能力は無限大といいながらも、死後や宇宙などあらゆる思考の深みにみは、必ず「これ以上先へは行っちゃダメだよ」というストッパーがかけられている。だからあなたが努力でいける範囲には、はっきりいって限界がある。(それゆえに禁断の果実もまた存在する。)
— なかのひとよ|Evolution (@Hitoyo_Nakano) December 7, 2014
そのストッパーを天才が、あるいは禁断の果実が外してしまうとどうなるか?ミレニアム問題に挑んでたくさんの数学者が精神病を患ったり自殺したように、ヒトが身体(ハード)の限界を超えてしまうと、それはやはり崩壊を起こす。ベンジーは「ヒッピーの最終系は自殺」といった。
— なかのひとよ|Evolution (@Hitoyo_Nakano) December 7, 2014
映画『コンタクト』で研究者のエリーがワームホールをくぐったあとに口にしたセリフは「言葉では表現できない」「詩だわ」「詩人を乗せるべきだった」。テクノロジーの発展とともに必要とされるのは、詩人だ。詩は、完全非言語化(ポストヒューマン)にいたる前のヒトにとって、最後の表現手段。
— なかのひとよ|Evolution (@Hitoyo_Nakano) January 20, 2015
私が行ってる行為を一言でいい表すなら、それはトランスメディア・ストーリーテーリング。作家が物語を綴りそれを各々が語るのではなく、断片化した個々のストーリーをそれぞれが綴っている(綴っていた)ことに気づかせる=偶然ということばが存在しないことを気づかせる行為です。
— なかのひとよ|Evolution (@Hitoyo_Nakano) February 7, 2015
これまでの時代はいわゆる「いっちゃってる人」を嫌遠する風潮が強かったけれど、これからは「たどり着けていない人」が置き去りにされてしまうから、私はできるだけ多くを誘うためにことばを使いたい。
— なかのひとよ|Evolution (@Hitoyo_Nakano) February 8, 2015
スキルよりも人間性。交渉術よりも愛。己だけに課された信念・使命を持って、人生の物語(役割)を綴っているかがなによりもたいせつ。
— なかのひとよ|Evolution (@Hitoyo_Nakano) February 8, 2015
あなたはタイムラインを、この世界を、目ではなく心というフィルターを通してみている。そのフィルターが曇ってたら、情報や景色が汚くみえてしまうのは当然のこと。まずはそのフィルターを掃除する作業から入ったほうがいい。世界は鏡。そして世界を作るのはあなたの知識と経験。日々の選択と行い。
— なかのひとよ|Evolution (@Hitoyo_Nakano) February 10, 2015
漫画『火の鳥』のなかの一編のように、あなたはこのターンの人生の役割にもっと目をみはり、もっと耳をすます必要がある。それは数多と溢れる情報のなかから、あなたが「なに」に心惹かれるのかで、すぐに判断できる。ごまかすのは罪だ。それがあなたの過去であり、未来なのだから。
— なかのひとよ|Evolution (@Hitoyo_Nakano) February 21, 2015