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ヒーロー見参!!

PS:意識より愛をこめて

「死」すらも輝かせる現代芸術家・ダミアンハースト

ダミアン・ハーストという芸術家。

ロンドン大学・ゴールドスミス・カレッジ出身で、YBA世代の代表格。1995年にはターナー賞を受賞し、雑誌「Complex」による「存命する芸術家の長者番付TOP15」で堂々の1位に輝くなど、アート市場でも彼の作品は高額で取引されている。彼の「For The Love Of God」という作品は、2007年に約5000万ドルで落札された。

http://blog-imgs-18.fc2.com/k/a/n/kanaparis/image_46438537.jpg

フランスアート界底辺日記より)

 

「アートや芸術が人々にとってもっと身近なモノになればいいなあー」という意図もあって始めた『スフィンクス』ですが、9人目にしてようやく純度100%の芸術家が登場するというずさんさ。しかし、このダミアン・ハーストは最初にして最高の芸術家でございます。現存する芸術家のなかで最も稼いでいる男だということも理由のひとつ。(芸術家の長者番付 1位はダミアン・ハースト、村上隆は6位 | 2012年02月12日 | Fashionsnap.com

 

「どうしてダミアン・ハーストはすごいのか?」ということを、以前もちょろっと過去エントリで書いたけど(ダミアン・ハーストはどうしてすごいのか。 - ぐちゃぐちゃと書き殴る。)、また改めて、しっかりと書いてみます。同時に、「アート」のおもしろさも伝わればいいなあーとわりと真面目に画策中。「アートは難しい」と言われるけど、ブレない前提として、①まず、個性ともいえる「核心」があって、②その「核心」を社会に伝えるために必死にコミュニケーションをすることが「芸術」である、と。それは漫画もファッションも陶芸もロボットもすべて同じ「手段」であって、「アート」もまたそのうちの「手段」であるということ。

 

ダミアン・ハーストにとっての「核心」とは?

→それは「死」である。

 

解説に入る前に、なにはともあれダミアン・ハーストの作品を紹介します。

まず、大学卒業後くらいの初期作品のひとつ『一千年』。

片側に設置された白い箱には蛆が培養されており、もう片側には牛の頭が設置されている。
ハエは牛の頭に卵を生み蛆は牛の頭を食べて蝿になる。
また牛の頭が設置されたボックスの上部には殺虫灯が設置しており、死んだハエはそのままになっている。

https://lh3.googleusercontent.com/--D8x2uUle9k/UiPN0olV8zI/AAAAAAAABek/Q7iWov_7rH4/s640/blogger-image--857010153.jpg

ダミアン・ハースト「千年」 - pastport

正直、そうとうむちゃくちゃな作品。しかも、25歳のときの作品。

・『一千年』を作ったとき
このとき僕がはじめてつくり出したのは、コントロールできない独自の生を持ったもの、僕のコントロールの外にある何かだった。「僕はいったい何をやっちまったんだ?」というフランケンシュタイン的な瞬間を味わった。最初のハエが殺されたときは「おっと、ファック」って感じだったな。byダミアン・ハースト美術手帖2012年7月号)

 

そして、ダミアン・ハーストの代名詞として有名なホルマリン漬け作品たち。

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The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living - Damien Hirst

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 (Mother and Child (Divided), Exhibition Copy 2007 (original 1993) - Damien Hirst

 

そして、『神の愛のために(For the Love of God)』。

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For the Love of God - Damien Hirst

 

他にも色々。

蝶々を素材に使った『Butterfly Colour Paintings』や、薬局をそのまま作品にしたかのような『Medicine Cabinets』などなど。ダミアン・ハーストの作品には、生き物や医学、お金といった一見脈絡のない素材が多い。しかし、そこにひとつの「核心」がある。

 

7歳のころから死についてはずっと考えていた。誰もが死ぬとはじめて知ったとき、そのことが頭から離れなくなった。(中略)そのころ祖母を亡くした。彼女とは親密だった。親に話すよりもずっといろいろなことを話していた。(中略)「おばあちゃんは死んだらどうなるの?」と聞いたこともある。死を避ける方法がきっとあるはずだと思っていたけど、7歳のときにそれは不可能だと知った。byダミアン・ハースト

 

「年を取っただけで死ぬなんてありえない」と思っていた。そんなことは完全に間違っていると感じた。でも、神や宗教や他のどんなことよりも――もちろん父親に騙されるクリスマスよりも――それは確かなことらしかった。それがわかってから、ひたすら意地になって考え続けた。今も変わらずそうしている。でもそれによって生が輝きを増すことになる。byダミアン・ハースト

 (美術手帖2012年7月号より)

 

「死」があるからこそ、「生」がある。「死」を突き詰めると「生」が見えてくる。生きているからこそ死ぬのだし、死ぬからこそ生きていることを実感できる。きっとダミアン・ハーストは子どもの頃からずっと「死」という存在を考えていて、彼がてがける作品からは彼なりの答えが不吉さと一緒に滲み出ている。

 

蛆から蝿が生まれ、その蝿は殺虫灯で死んでいく、そんな生死のスパイラルを『一千年』という作品で表現した。死んだ動物たちがまるで生きているかのように保存され続けるホルマリン漬けの作品たちが並び、「死」の象徴・頭蓋骨がダイヤモンドで飾られてキラキラと生きているかのように輝く。「死」と「生」がひとつの作品において共存している。それこそがダミアン・ハーストの核心なのかもしれない。

 

 

ダミアン・ハーストの「核心」を社会と接点を持ちえるには?

 

まず、「核心」があって、それはつまり「快感原則」であり、「好き」であり、「興味関心」であり、「個性」でもある。その「核心」を社会と接点を持ちえるようにすることが芸術である。「死」の裏返しこそが「生」であり、2つは切り離すことができないという「核心」を社会に出現させること。そのためにはアイデアが必要だ。

 

そこで、大事なキーとなるのが、

・ソル・ルウィットやドナルド・ジャッド

ブルース・ナウマン

・自然史博物館

である。

なんのこっちゃという人が多いと思うので、少々解説を。

まず、「ソル・ルウィット」や「ドナルド・ジャッド」。

彼らは、1960年代に流行した「ミニマリズム」の芸術家たち。

芸術の表現方法にも流行り廃りがあって、「ミニマリズム」誕生のころにダミアン・ハーストも生まれている(1965年生まれ)。「ミニマリズム」とは、「装飾的・説明的な部分をできるだけ削ぎ落とし、シンプルな形と色を使用して表現する彫刻や絵画」である。

例えば、こういうの。

Sol LeWitt ‘Two Open Modular Cubes/Half-Off’, 1972
© The estate of Sol LeWitt

'Two Open Modular Cubes/Half-Off', Sol LeWitt | Tate

Donald Judd ‘Untitled’, 1980
© Donald Judd Foundation/VAGA, New York and DACS, London 2014

'Untitled', Donald Judd | Tate

シンプル…

 

何に影響を受けたのか?ということは、作品を理解する上ですごく大切なことだと思っている。つまり、理解しやすい。すべてがすべてそうであるとは言えないけど、作品を理解する上で(あるいは、「個性」を理解する上で)ひとつの補助線にはなり得るはずだ。

例えば、ソル・ルウィットの作品と、

https://lisson.s3.amazonaws.com/uploads/attachment/image/body/1566/LEWI040010_1.jpg

Wall Drawing #1138: Forms composed of bands of color | Sol LeWitt | Artists | Lisson Gallery

ダミアン・ハーストの初期作品。

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Boxes - Damien Hirst

 

影響うけすぎ。

ただし、アートはそういう過去作品の引用で成り立っている。

というか、よく言われることだけど、この現代においては、まったくもってオリジナルなモノは存在しない。すべてが過去の某かの影響を受けている。言語や建築物(という環境)からも人格形成においては影響があるわけで、過去延々と連なるモノの集合として「個性」はある。

 

ダミアン・ハーストは、「ミニマリズム」が好きだった。まず、これ。

 

そして次は、「ブルース・ナウマン」。

162714.jpg

アメリカの現代芸術家。けっこう好き。

日本で彼の作品が見られるのは、直島・ベネッセハウスにある『100生きて死ね』。

Photo

100生きて、100死ぬ。

そんな地道な経験を通じて、ようやく出会える「美しさ」もある。

ブルース・ナウマンの有名作はこちら↓

http://2.bp.blogspot.com/_xG54sAYqWZM/S_6EpThcZgI/AAAAAAAAVkY/qfa3pN6we1Q/s1600/IMG_4075.JPG

The True Artist Helps the World by Revealing Mystic Truths

「真のアーティストは、神秘的な真実をあかすことで世界を救う」

 

ダミアン・ハーストは、このブルース・ナウマンをベタ褒めし、「アーティストは、作品を通じて何かを語っているのだと観客に錯覚させる」と言う。そして、「自分が感じさせたいことをそのまま見る人に感じさせる」ような広告っぽさを、ブルース・ナウマンの作品から感じ取っている。動物をホルマリン漬けにして、時には切断するなんていうのは、めちゃくちゃインパクトがあってキャッチーなわけです。

 

 

そして、最後に「自然史博物館」。

ダミアン・ハーストが「子どもの頃から大好きだ」と語る「Natural History Museum(自然史博物館)」で検索してヒットした画像たち。

http://image.mapple.net/img/user/00/00/13/24/H0000132409.jpg

http://static.guim.co.uk/sys-images/Guardian/Pix/pictures/2014/3/26/1395850091864/9c07a114-5cc9-4aec-b1cb-192b27b8d991-460x276.jpeg

 

ここまで来ると「あー、なるほど」感ないですかね。

 

ダミアン・ハーストは、彼の「死」に関する核心を、

彼の心を掴んで離さない「モノ」を利用して、社会との接点とした。

すべてが「個性」で成り立っている。

 

芸術とは何か?

それは、「核心」であり、

「快感原則」であり、

「好き嫌い」であり、

「興味関心」であり、

「個性」である。

 

「独特な発想」あるいは「センス」とは結局、「経験」なのかもしれない。

シンプルな四角いガラスフレームはミニマリズム

広告的で何かを語っている(と錯覚させる)手法はブルース・ナウマン

動物を作品として利用するのは自然史博物館。

もちろん、ダミアン・ハーストの作品を構成している「発想」は、これだけではない。暗く、人々を不安な気持ちに陥れるフランシス・ベーコンの影響だったり、ショッキングな作品が多いYBA世代だったり、解剖学博物館に通ったり、ガラスに対する偏執的な恐怖心だったり。つまり、人生において何を通過したか?ということ。

 

そして、鑑賞者の直視に耐えうることができるという意味で、ダミアンハーストの『Natural History』シリーズ(ホルマリン漬け作品)は、最高にバランス感覚がいい。「死」という不吉さを残しつつも、独特の静けさをもった水やガラスの「美しさ」がある。ダイヤモンドスカル『For the Love of God』はもうその典型で、「美しさ」のなかに「死」が隠れている。インパクトという意味での破壊力は圧倒的だ。質量感というか、重量感がすごい。つまり、人を惹き込む「美しさ」がある。そして、ダミアン・ハーストは社会との接点を見出すのが上手い。「死」に触れたくはないけど、でもちょっと覗いてみたい。そういう願望は誰もがきっと持っているはずだ。『一千年』は正直、ちょっとやりすぎ感あるというか、直視できない。だけど、ホルマリン漬けの『Natural History 』シリーズやダイヤモンドスカルの『For the Love of God』はじっくりと見ることに抵抗はない。むしろ、じっくりと見ていたいと思うほどに美しいくらいだ。社会が求める「美しさ」に対するダミアン・ハーストのバランス感覚(あるいは、それを「美術」と呼ぶ)は、意図的か、それとも無意識かどうかはわからないけど、やはり素晴らしい。

 

子どもの頃から、ダミアン・ハーストを掴んで離さない「死」という存在。

ダミアン・ハーストは、それを社会との接点を持ちえる「芸術」に変えた。

純粋な「死」に対する好奇心を、あれほどの重量感をもった非現実的な存在に変えるという人間のスゴさ、おもしろさがそこにある。同時に、それはダミアン・ハーストの個性であり、彼の「美しさ」でもある。