ヒーロー見参!!

PS:意識より愛をこめて

美しい飛行機『零戦』を作った設計者・堀越二郎

堀越二郎という設計家。

1903年生まれ。東京帝国大学の航空学科を首席で卒業。三菱内燃機製造に入社し、飛行機の設計に携わる。1932年『七試艦上戦闘機』、1934年『九試艦上戦闘機』といった飛行機の数々を生み出し、『零式艦上戦闘機(通称、零戦)』の設計も行なった。

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宮﨑駿監督による映画『風立ちぬ』の主人公・堀越二郎

「美しい飛行機を作りたい」という核心を幼少の頃から持っていた男。

日露戦争の直前に生まれ、子供時代は20世紀の世界大戦時代と重なる。

映画『風立ちぬ』において、堀越二郎は魚の骨にさえ飛行機の骨格美を見出しているのだけど、それほど飛行機というひとつの美しさに魅了されていた。美しさと機能は両立すると考えていたようで、「ねじりさげ」や「沈頭鋲」など、数々の新技術を開発し、『零式艦上戦闘機(通称、零戦)』という飛行機を完成させた。

 

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 『零式艦上戦闘機零式艦上戦闘機)』

 

機体を軽くするため、防弾性能がなかった零戦に戦後、「人命軽視」と批判が出た時も、「(防弾用の鋼板を)外さなきや性能は出せっこねえ」と声を荒らげるなど、手掛けた飛行機への愛着は人一倍だった。

 あるいは、とある映画レビューサイトで『風立ちぬ』のレビューを眺めていたら、堀越二郎の「1機も戻って来ませんでした」という台詞に対して「人が死んでるのに1機ってなんだ。1人も、だろ!」と怒っていた人がいた。

 

 堀越二郎にとって、人の命よりも、一機の美しい飛行機の方がよっぽど美しい。

自分にとっての美しいモノ、自分にとっての核心、自分にとっての快感原則。

堀越二郎にとっての美しいモノ、堀越二郎にとっての核心、堀越二郎にとっての快感原則。

 

そして、美しいモノや核心、快感原則は、時に狂気になり得る。

子どもの頃の純粋な気持ちすらも、コロッと簡単に狂気になり得る。

僕はそれを「美しい」と感じてしまう。

 

僕がヒーローモノの作品で、悪役に惚れてしまうのはこの「美しさ」による。

近々観たい映画を。 - ぐちゃぐちゃと書き殴る。

エレクトロが抱くスパイダーマンへの憧れ。最初は純粋な気持ちだったのに、何かの拍子に歯車が狂って、悲劇へと突き進む敵キャラが好きすぎるのです。

先週紹介したRino stefano Tagliafierroの、『SNUFF MOVIE』のような残酷趣味は、世間あるいは社会においては危険なモノになり得る。つまり、実践=犯罪なのだ。だからこそ、芸術というフィクションが必要になってくる。『風立ちぬ』の監督・宮﨑駿も、子ども向けアニメーションを作る傍ら、兵器(とくに飛行機)好きとしても有名である。(宮崎駿監督作品 架空兵器集 - NAVER まとめ)子どもの頃に得た快感原則が、日が経ち徐々に膨らみ始め、社会との折り合いがつかなくなったとき。どこかで社会とズレてしまったとき。フィクションが必要になってくる。

 

漫画家・平野耕太の『HELLSING』に登場する「少佐」の演説シーン。

戦争はよくない。しかし、何かの偶然で、「戦争」という物語に惚れ込んでしまう、そんな「個性」が生まれることがある。それは「わかっちゃいるけど、好きなんだ」という矛盾。ぐちゃぐちゃとした感覚、イメージ、人間らしさ。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』をひとつの例として、芸術作品はずっと人間の矛盾がテーマとなっている。

 「美しい飛行機を作りたい」という純粋な憧れが、世界大戦という時代と重なったとき、それは殺戮兵器へと変わる。それは偶然でしかない。変えようもない現実がある。いつどこで生まれるか?ということは、自分で決めることはできない。道端で偶然すれ違う人を自分では選べない。「自分」という存在を越えた「大きな何か」がそこにあって、僕らの個性はそこにぶち当たる。「いい」「悪い」の判断は難しく、「戦争=悪」という常識があるからこそ、『零戦』は「殺戮兵器」となったわけで。

設計という学問(=理性)をしっかりと身につけた上で、自分にとっての「美しい飛行機」(=感性)を追い求めた堀越二郎という男を、僕はとても美しいと感じる。その純粋なる個性が、時代と錯誤したときなど最高にテンションが上がる。世界を覆い尽くしかねないほどの強い核心と、どうしようもなく無慈悲な現実と、そしてちょっとした狂気を孕む切なさ。それは、『虐殺器官』のジョン・ポールであるし、『封神演義』の聞仲であるし、『日の名残り』のスティーブンスであるし、『バットマン』のジョーカーでもある。 善悪や現世的利益を超えた存在である彼らを、僕はとても美しいと感じる。