「わからない」をカタチにする漫画家・市川春子

市川春子という人。

漫画家。2006年にアフタヌーン四季賞の四季大賞を受賞してデビュー。

その後、単行本『虫と歌』(手塚治虫文化賞新生賞受賞)『25時のバカンス』などを出して、『宝石の国』という長期連載をスタート。

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

 
25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC)

25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC)

 
宝石の国(1) (アフタヌーンKC)

宝石の国(1) (アフタヌーンKC)

 

 

近頃、チャリ漫画『弱虫ペダル』だったり落語漫画『昭和元禄落語心中』だったりと、マイナーな分野を漫画にして、そしてこれがなかなかおもしろいと思える作品が増えていたりと、なんだかマンガ業界がにわかに(僕の中で)盛り上がっているなーと、思っていて。その中でも、不思議な感覚というか、素敵な興味関心を持っていて、それに対して自覚的で、それに対して「漫画」という手段によってカタチにしている市川春子さんという方を紹介したい。

水の石で、「水石」です。床の間とか、家の庭によく石が置いてあるじゃないですか。あれって石を山に見立てたり、滝に見立てたりしているんです。美しい曲線を描く石を探してきて、野ざらしにしてときどき水をかけたりしていると、ちょっと表面の色が変化して、こなれてくる。それを見ながらいろいろ妄想するという、おそろしい世界です。(中略)とりあえず、川で拾った石を育てるようなことを始めたところです。今私の手元にあるのはこれくらいですね(10センチ四方くらいに手を広げて)。ルールがあって、石に加工しちゃいけないんですよ。拾ってきた石を見て、ただひたすら妄想するんです。この石が世界だったら、私はここら辺に住む……とか。

 

以上、春子さん談。

“はかりしれないほどの光”でも、すべては救えない|イマ輝いているひと、市川春子「ダイヤの一億年を考えながら、人間の秘密を探してる」|市川春子|cakes(ケイクス)

『cakes』というこれまたナイスなサービスがあるんだけど、それを眺めていたら偶然見つけたのが上の言葉。「水石」という、茶の湯のような(というか、そのまんま?)想像力を遊ばせる楽しみ方があって、その感覚と、市川春子が漫画の中で描く虫や海の生物、鉱物などに向ける眼差し(物事の捉え方)がとても似ていて、「ああ、この人の興味関心は、ここだったんだなあー」と僕の『芸術家レーダー』に感知されたわけです。

 

まず、みんながみんな鉱物に興味があるわけではないということは私もわかっていまして(笑)。

市川春子Vol.2 漫画を描くことで人間の秘密をつかみたい | dメニュー エンタメウィーク

一方で、上の言葉にもあるように、多くの人にとって、もっと言えば、社会にとって世界にとって、「鉱物」への興味度ってそれほど高くない。さらに言っちゃえば、市川春子さんが『虫と歌』や『25時のバカンス』で描いた虫や海の生物などの「人じゃないモノ」への興味度、もっともっと言っちゃえば、市川春子さんがそういうモノに向ける眼差しについてなんてもうまったく興味がない。そこで、市川春子さんが選んだ手段は「漫画」だった。それは自分を表現するための手段。(どうして?という質問をしてみたい…)自分にとっての「核心」たる興味関心や好き嫌いを、社会との接点を持ちえるようにする手段として、漫画っておもしろいなーと思っていて、それはまあアニメも同じなんだけど。自分の核心を表現する上で、「漫画」は、物語としてのおもしろさ(ストーリー)と、絵としての上手さ(ヴィジュアル)の2つが大事。(アニメはここに音楽が加わる)そこには必ず努力があると思う。おもしろいあるいは感動的なストーリーじゃないと他人は読まないし、下手な絵や構図だと上手く物語の様子を伝えられないし見向きもされないから。例えば、『宝石の国』だったら、鉱物の特徴を、登場人物の性格と連動させる。そして、その登場人物たちによる手に汗握る戦闘シーンや人間関係(普遍的なテーマ)によって人々を惹き寄せる。結果として、市川春子さんの興味関心=鉱物が、社会との接点を持ちえる。

つまり、市川春子さんは『虫と歌』でも『25時のバカンス』でも『宝石の国』でも、ストーリーとして、親子愛や兄弟愛などの「自分とあなた」を描く。これは普遍的なテーマだし誰にとっても感じ得るテーマで、社会との接点を持ちえる。その上で、ストーリーの軸として、虫や海の生物などの「人じゃないモノ」の擬人化が登場する。「子どもの頃から虫とか好きだった」と語る市川春子さんらしさがにじみ出る素敵なチョイスだし、それによって、「他人とのコミュニケーション」をイメージさせるのはものすごくトリッキー。好きなモノ(自分の核心)を、人々の興味を引くための手段として、作品と上手く連動させることが、すごく上手いし、表現として素晴らしいし、単純にすごいし、(芸術というモノは)そうであってほしい。

市川春子さんの漫画のオススメポイントは、ところところで登場するやたらめったら詳しい虫や海の生物などに関する解説。ここに、むちゃくちゃな愛を感じるので素敵。カミキリムシの擬人化くんが寝ている様子を描いて「花が好物なのに夜行性…設計ミスだろ」という台詞を言わせるシーンや、「確かに」という言葉を喋ったカミキリムシに対して登場人物が感動して涙を流し、「それはオーバーなんじゃないのー?」と言われ、「だって形容動詞だぜ!?」と言わせるシーンなど、「いや、知らねえよ(笑)」と思うんだけど(形容動詞を喋ることが嬉し泣くほどなんて知らねえよの意)、そこにむちゃくちゃなこだわりというか、愛を感じるわけで、「何かに対して強い興味関心や好き嫌いを抱くヒトやコト」への僕の個人的な快感原則があるわけです。何言うてるかわからんけどすっごくこだわってることだけは伝わってきた感、が僕は大好き。

ちなみに「日下兄妹」という『虫と歌』に収録されてる話が、むちゃくちゃ集大成感ある。ネタバレするとアレなんで詳しく書けないですけど、「ヒトじゃないモノ」に対する市川春子さんの眼差しやストーリーとしての兄弟愛(他人愛?)、そしておそらく人体へのフェティシズム。「わからないことが一番好き」という市川春子さんの「好き」が、さまざまに散りばめられて、漫画ならではの手法「何も言わずに語る」ことによって、むちゃくちゃ切なくも美しい話になっている。

市川春子さんは素敵な芸術家だ。

 

知ってるか
この宇宙の中で人間に見えてる物質は わずか5%で
残りの23%は光を作らず反射もしない物質で
あとの72%はもっと得体の知れないものだって
だから 世界の95%はわかってないんだと