ヒーロー見参!!

PS:意識より愛をこめて

違和感あるけど。

親しくないけど夢を持って頑張っていた(その頑張り•根性たるやすごい。僕にはないので憧れる)知り合いが、とうとう「自分の目的とは、会社の目的に(自分を)合わせること!」とfbで宣言するようになり、留学先で知り合った後輩がなんだか怪しい(偏見?)人たちとわちゃわちゃしてて「大丈夫かなー?」とか不安になり、それを横目に僕はのろりのろりと人生を歩く。「あれ?」という違和感がすごくあるんだけど、僕は彼らと「何を大切にしたいのか?」ということをちゃんと会話したことがないので、口を出す権利はないわけですし、そもそも、もしかしたら、彼らにとってそれこそが「大切にしたいモノ」なのかもしれない。僕が違和感を感じたからといって、「こうした方がいいよ」と告げることは傲慢でしかない。僕にとっての「こうした方がいいよ」が、他人にとっての正義・美しさじゃない可能性。あるいは、「あれ?」と思うことすらも傲慢かも。何が良くて何が悪いのか、ということは相対的なモノなので自分が決めること。その正義を他人に押し付けることはダメ?であるならば、「すべての人が(少なくとも一人でも多くの人が)幸せになるためには?」という僕にとっての根源的問いそのものが間違っている。いや、間違っちゃいないが、それを社会に対して発信するのは違うのか。ごちゃごちゃしてきた。わからん。

 

追記: 少なくとも、誰かのことを知らずに、誰かの手助けをすることはできない。会話をしないと。質問をしないと。彫刻家が木を、石を削るように、誰かの輪郭をはっきりと理解しないと、どこに置けばいいのかすらわからない。

 

追記: 究極的な根源的な問い。「どうすればいいのか?」