ゲーム「rain」が芸術足りえるか。

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「rain」というゲームがおもしろそうだ。

子どもの頃は、ゲーム大好きっ子だったので、ゲームの可能性とか信じちゃってるタイプの人間なんだけど、「rain」はその可能性の一端というか、一部というか、始まりかもしれない。最近のゲームの流れをまったく把握していないから詳しいことはわからないけど、「rain」や「風ノ旅ビト」とか、プレイ時間数時間の1000円ゲームが流行っているみたい。

映画というモノは、映像(イメージ)や物語、音楽など様々な芸術要素が絡まっているから「第七芸術」とも呼ばれている。(映画が第7芸術なら、第1芸術ってなに? - ★☆☆★QUOI DE NEUF★☆☆★ - Yahoo!ブログ)

であるならば、どうしてゲームは芸術になり得ないのだろうか?(上記サイトでは第10芸術とも)映像(イメージ)もあるし、物語もあるし、音楽もあるし。さらに、ゲーム設定や操作性なんていうモノもある。ゲームは、ひとつの映画の世界を鑑賞者が自由に動き回れるようなもので、子ども心ながらに感動したのを覚えている。例えば、「バンジョーとカズーイの大冒険」というゲームが好きだったんだけど、砂漠やジャングル、雪山、想像上の街を自由に動き回れることに全能感のようなモノを感じつつ、自分という現実を差し置いて、飛んだり跳ねたりできることがおもしろかった。ゲームの操作と現実の肉体と思考とか考えたらおもしろそうだけど、とりあえず今は置いといて。ステージ毎に世界観が変わって、そこを自由に動き回れる、というのは僕の個性に影響を与えてそう。

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異次元の世界を、まるで自分がその世界に入ってしまったかのように体験できるなんて、とても素敵なことじゃないか。オンライン対戦であれば、そこにコミュニケーションとしての「場」も生まれる。正直、ゲームというモノをもう一度再検討して、人類が生み出した傑物として再認識すべきじゃないかバンバン(机を叩く音)こういうのとかすごすぎ素敵すぎ(新Oculus Rift実機体験。もう現実には戻れない没入感 : ギズモード・ジャパン)

 

 

バンジョーとカズーイの大冒険については、どうやらXboxで新作が出ていたようですね。やりたいんだけど、時間のことを考えるとちょっと…となってしまうのが、ゲームのデメリットかな、とずっと思っておる。

 

そこで、登場するのが「rain」。

主人公が見えない?謎だらけのゲーム『rain』が気になる - NAVER まとめ

プレイ時間は4時間ほどで、ひとつのゲーム設定を楽しめるというスタイル。

最高じゃないか。1500円ほどなので、映画を見るよりもお得感あるかも。

雨は降る世界、透明な少年たち、透明な怪物たち。廃墟のようなレトロ街。

ひとつの世界を体験できる、操作できるのがゲームのおもしろいところ。

 

こういうゲームがもっと増えるといいなあ。(できれば、PSPで出してほしい)