パラノイドパーク

人を殺してしまった少年の映画「パラノイドパーク」。

殺人という重責を背負いきれずに苦悩する姿が見たくて、この映画を観ようと思った。けど、この映画が見せたかったモノは、それじゃないなあーと途中で気付いて、ちょっと残念。この映画は、ちょっと悪いものに憧れる少年が、運悪くもっとも悪い殺人の罪を背負ってしまうということなんだけど、そこに重点を置かずに、スケボーを多様なアングルで映したり詩情的な描写によって物語を映したりと、その意図がわからない。正確に言うと、わからなかった。今改めて思うのは、スケボーや恋愛は主人公にとってユラユラと光る幻想的な(現実を知らない思春期のような)モノで、それこそが彼(というか、若者)にとっての現実なんじゃないか。彼の日常を半ば詩的に描く一方で、彼が(過失だとしても)人を殺してしまったその遺体(ていうか、下半身切断されても這ってるという)の生々しさがあった。その青春時代にありがちなキラキラした何かと、死や罪といった現実の生々しさ、その対比があったように思う。青春の儚さというか、そういうのを描きたかったのかな。

「問い」はなんだろうねえ。不謹慎だけど、「もし人を殺してしまったらどうする?(どうやって証拠を隠滅する?)」という「問い」が思い浮かんだ(笑)少なくとも、近くの川辺に証拠となるモノは投げ込んじゃいけねえなあ、と。という真面目な冗談は置いといて、「問い」は「若者(青春)の脆さ」についてかな。

個人的に政治や経済の話を主人公がしたら「あんた社会派?」とか言われちゃってるシーンが印象的。どこの国も真面目な会話は嫌われますのね。

 

パラノイドパーク [DVD]

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