「虐殺器官」という作品

ぼくはことばを(中略)人と人とのあいだに漂う関係性の網ではなく、人を規定し、人を拘束する実体として見えていた。数学者が数式に実在を感じるように。虚数をリアルに思い描けるように。物理学者はことばで思考するのではない、という。アインシュタイン相対性理論をことばや数式として得たのではない、というのは有名な話だ。この天才はそれをイメージとして得た。ことばや理論的な構成がまったく関与しない純粋な情景として、アインシュタイン相対性理論を得た、と語っている。by虐殺器官

 「虐殺器官」という小説を通じて、伊藤計劃という人物像が伝わってくる。小説の中で引用される「ヒエロニムス・ボッシュの描いた地獄絵図」、ジミ・ヘンドリックスの「ブードゥー・チャイル」、「2001年宇宙の旅」、あるいは伊藤計劃の軍隊趣味・ソ連における問題。こういったモノに対する興味や知識、そして異常なまでの愛がひとつの小説を通して伝わってくる。それこそがモノを創造することのおもしろさ。そして同時に、伊藤計劃のモノに対する価値観をも表明する場でもある。「わたしはこう思う」という意志がひしひしと読み取れる。この境地に達して、そして作品として世に残したい。